五月晴れの良き日、フォレスティーユ精養軒にてチャプスイ
2010年 05月 20日
5月のある日、五月晴れの良き日のことでしたkimcafeは東叡山寛永寺と輪王寺の宮所縁の地を訪ねる散策の旅へと向かいました
まずは上野の森、東京文化会館の中にあるフォレスティーユ精養軒です
フォレスティーユ精養軒は上野精養軒の支店であり、元々は開化後の東京にあるべき西洋料理店として岩倉具視らの肝いりで開業した築地の精養軒の流れをくむ店です
そして上野の森全体は、元々は東叡山寛永寺(江戸城の鬼門を守護する徳川の祈祷寺)の広大な敷地でした彰義隊がこの地に立てこもったのも、寛永寺門主であり親王である輪王寺の宮(公現法親王 のちの北白河宮)を擁して、新政府軍に対抗しようという意図です
しかし、彰義隊は敗れ、寛永寺は焼かれました・・・(ーー;)
従って、上野の森に建つ精養軒は、ある意味旧幕から明治政府へと権力の移り変わりを象徴するものと言えましょう
そして、kimcafeが食べたのはチャプスイ1000円ですチャプスイは広東料理に起源を持つ、李鴻章が米国で食べたごった煮に由来する、など諸説あります
要は八宝菜みたいな、中華丼みたいな、野菜と肉または海鮮の炒めあんかけ料理で、典型的なアメリカ風中華料理と言われています
余談ですが、このチャプスイを看板料理として1926年に銀座に開業したのがアスターでした、ああ、歴史なり(^^ゞ
フォレスティーユ精養軒のチャプスイですが千円という価格ですから、さすがにいい材料が使われているらしく味も上々です(^_^)チャプスイをいただいた後は寛永寺の旧本坊表門に向かいます
元々は現在の国立博物館の位置に寛永寺の本坊があり、そこに輪王寺の宮も居住されていたとか・・・
わずかに焼け残ったこの表門には上野戦争の銃弾が残っているそうです、ああ、ここにも歴史が・・・

左は最後の輪王寺の宮(北白川宮能久親王)
フォレスティーユ精養軒
台東区上野公園5-45 東京文化会館2階
チャプスイの謎→チャプチャイとチャプスイの関係参照
次回は輪王寺の宮公弁法親王所縁の「こごめ大福」を訪ねます
【お断り】
歴史探訪みたいな風格ある記事にしたかったんですが、ちょっと、失敗~みたいな~(^^ゞ

